ベトナムの華人(3)

昔の中国人は南方を「瘴疫の地」と呼び、居住をはばかった。
「瘴」は感染症や風土病を意味し、「南方」は福建省、広東省、海南省などの華南中国を指す。

インドシナへの華僑の移入の歴史は古く、近代以前から組織的な移住が行われた。
清代になると中国では穀物の収穫量が増加し、人口が増え始めた。
揚子江流域で人口が増えすぎたため、次第に人々は華南に移り住んだが、山や丘陵が多い華南は稲作に適した土地が少ない。
トコロテン式に押しだされた華人は土地を求めてインドシナに移り、そして故郷にもどることもなく南方の地に没する。

メコン流域の街には混血華人の墓が沢山ある。
田舎道をオートバイで走っていると、周囲を鬱蒼とした林に囲まれた墓を見かけることがある。(Ken)

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1946年没。

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メコン下流の街 Cầu Kè の墓。

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