インドシナ建築(1)

インドシナの街を歩くと植民時時代に建てられた家をみかける。クリーム色に塗られた煉瓦塀と褐色の瓦で化粧された家いえだ。どの街も発展の歴史があり、たいていは旧市街に古びた建築が残っている。多くの華僑の店がつらなる問屋街、市場や運河の周囲には、往時の裕福な人々の家いえが、周囲の近代的な様式とくらべ独特のコントラストを放ち、佇んでいる。

二十世紀前半に建てられたこれらの建築物、所有者により建物のとり扱いが大きくちがう。これからの時代に存続していくかどうかは、誰が所有しているかがカギとなる。

まず、個人が建物を所有する場合、たいていの家主は老人たちだ。ベトナムの老人は隠居しない。彼らは家主として家の内外のすべてを采配、決定する強大な権力を持っている。老人たちは祖先から受け継いだ家を守っているという感覚が強く、安易なリフォームや近代化を受けつけない。内装はもちろんのこと、壁のカレンダーまで当時のものそのまま、といった家もある。南国の陽光も軒深くまでは届かず、遮光された屋内には先祖の肖像画など往時をしのばせる物があり、訪問も楽しい。夜、ハノイの裏通りを歩いていると旧い家の窓から屋内が見える。何十年もそこに住んでいる人たちの生活の断片が見える。

建物が共同所有の場合、その管理ははなはだしくわるい。昔の華僑経営の旅館が典型で、住民は昔の客間を買いあげて住まい、暮らしている。ロビーや廊下といった共有エリアは誰も手入れをしないので、電灯もなく薄暗い空間が広がるが、悪いことばかりではない。かなり以前になるが、一九四〇年代に建てられた長屋を訪れたとき、階上からラジオを通じてベトナムの伝統芸能 cải lương の調べが聞こえ、思わずして昔の時代に滑りこんだような錯覚をもった。今は少なくなってしまったが、暗い廊下に七輪をだして薄闇のなかで煮炊きする光景はなかなか風情がある。

政府が建物を管理している場合、建物の存続そのものが問題となる。行政にとって二十世紀の建築はまったく無用の長物。土地の転用の影響を最初にくらうのが昔の映画館、倉庫などで、残念なことにすでに多くの歴史的建造物が処分されてしまった。映画館はクラブに改装され、倉庫はスーパーマーケットになり代わった。一九九〇年代の後半頃までは、サイゴンもプノンペンも中心部に昔のフランスの自動車メーカーのショールームがあり、いかにも仏印という赴きがあった。現在、その場所を訪れても昔のあの雰囲気を思い出すことが難しくなった。建物が変わると街の雰囲気すべてが変わってしまったように思う。人間の記憶がいかに脆いかということを指し示す例ではないか。

インドシナ建築もシリーズとして、ゆっくりですが様々な植民地の建築を掲載していこうと思います。(Ken)

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メコンデルタの街に残る旧家。昔の写真に見えますが二〇一二年に撮影。

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祭壇に祭られるヒンズー教の神様。上座部仏教を信仰人が多いメコンの街にて。

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カンボジアの田舎。昔の劇場は廃墟の一歩手前の状態。ベトナム人の家族が住んでいる。訪れて分かるのだが、彼ら海外に住むベトナム人は、いたって心の良い、開けっぴろげな人たちだ。

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一九五八年にショロンの映画館で上映された華人映画のちらし。香港で製作された映画が多く上映された。

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集合住宅の階段。これを味とみなすならインドシナの旅はいっそう楽しい。

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プノンペンの目抜き通りに面したバルコニーが洒落た一九五〇年代の住居。開発の影響により取り壊され現存しない。