池の畔の魚市場

池の畔の市場が賑わうのは朝ではなく夕方。

遅い午後、陽光が黄昏れてくると、昔の市場跡で小さな魚市場が開かれる。夕闇が周囲を支配するまで、ほんの一時のあいだ開かれる青空市場だ。魚市場には電灯設備がないので夜になり暗くなればお仕舞い、という話しだ。こんな市場で売られている大きさの不揃いな魚たちのお話です。

カンボジア南部の街タケオは蓮をたたえた大きな池に面した街。植民地時代には米の輸出で潤ったのか、旧市街には華僑の建てた二階建の家が約百メートルほど連なっている。これらの家は独立した一軒家ではなく、同じ様式の家が左右に連結した横長の長屋建築で、どの世帯も同じ窓、同じバルコニーを持つ。階下が商店になっていて、住人は二階に住まう。池の畔に沿った一棟と、岸から離れるように建てられた一棟があり、二棟の華僑長屋が交差する所に市が開かれる。

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タケオがあるメコンデルタ北側は土地が低い氾濫原で、雨期になるとメコンが氾濫し、農地の大半が浸水する。カンボジアの稲作は二十世紀に入り、人為的な追肥を行わず氾濫泥から養分を得るインドシナ古来の一期作から、堰堤や水門で氾濫原の水を調整し、雨期にも収穫ができるようになった二期作に移行したが、雨期にメコンが氾濫するメコンデルタ北部のタケオ一帯は、いまだに古来の水稲の名残がある。乾期には稲穂をつけていた田地が雨期になると広大な湖に変わるのである。水田を隔てる灌漑水路は乾期になると文字通りの細く長い水の路となるが、雨期には氾濫した水塊に飲み込まれ広大な池になり、田地は姿を消す。こんな土地なので交通の手段は船になることが多く、雨期には船が水路を進んでいるのか、湖上に船を滑らせているのか判断が難しくなる。

この池で捕れた淡水魚が、夕方の市場の主役になる魚だ。クメールの女性たちが、その日のうちに捕れた淡水魚をアルミの盥に入れたり、路上に蓮の葉を並べることで魚市場が始まる。雨期の氾濫原で育った天然の魚なので、魚の大きさも小振りで大きさは不揃いだが、そこがかえって美味しそうに思える。魚種では鮒(フナ)が多い。

一般に大きな市場で売買される淡水魚の多くは養殖池で育てられた魚で、カンボジアの淡水魚養殖でも使われる飼料はベトナムから輸入したものが多い。形の揃ったナマズや雷魚、大きなテラピアやベトナムで好まれる白い鮒などは肥池で育てられ、都市の市場に運ばれていくからだ。

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カンボジアの鮒の食べ方だが、日本の川魚料理に似ていて思わず故郷の味か、と思うほど。日本では鮒も鯉も大きな河川の流れる流域では昔から一般的に食べられていた。少し昔の日本の田舎の話しになるのだが、初老の男性たちはよく川で鮒を釣ったり、獲ったりしていた。僕が子供の頃は太平洋戦争を経験した老人たちもまだ存命していた時代なので、川や池にいくと戦争を体験した日本人が暇つぶしに釣りをしているという光景があった。目的意識の高い海釣りにくらべ、川の釣りは惰性的な要素がつよく、釣り人の半分は釣果を求めるのではなく、なんともなしに流れていく水面を眺めにきているようなものだったと思う。老いた漁師が自身の半生を振り返りながら「シベリアは寒くて本当に辛かった」とゆきずりの少年の僕になんともなしに話したのも晩秋の池のほとりのこと。

鯉の煮付けといえば、京都の錦市場商店街を歩けば美味しそうな切り身が売られている。一般に川魚料理は九州の筑後川、四国の吉野川や四万十川あたりが有名だが、東海地方では木曽・長良・揖斐の三河で捕れた魚を扱う小さな魚屋が、奥の細道の終着地、大垣に何件かあった。僕が子供のころの一九八〇年代、鯉はまだまだ普通に食べられていたが、すでに鮒の料理は一般ではなくなっていた。関東にも椿の木の葉ほどの大きさの小鮒や、もっと小さいタナゴを煮からげた佃煮があり、かなり甘い味付だが、微かにほろ苦さが残っている。

大人になり川に釣りに行く機会がなく残念なのだが、最近は年に一度は長野県の伊那地方に赴き鯉を料理するようになり、川魚料理を食べたい欲を満たすことができるようになった。砂糖、醤油、日本酒を鍋で煮立たせ、鯉の胴切りを弱中火で煮付けただけの単純な料理だ。伝統的な味付けは若干甘みが強いように思うが、これは保存を考えてのことだと思う。個人的には砂糖を少なく、日本酒を多めに加えて煮込んだ味付けが好きだ。鯉の煮付けは一度冷めると味が落ちるので、煮たてのものに葉山椒を添えて食べることにしている。

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カンボジアでは砂糖椰子の汁を煮詰めたパームシュガーと魚醤で鮒や鯉を煮込むことが多い。火をしっかり通すことで魚醤の臭気はとれ、旨味だけが残る。味付けはやや甘めだが、日本の川魚料理のようには甘くない。大きな鯉を煮込むときは日本と同じように胴を輪切りにする。砂糖がカラメルになり黒ぐろと煮上がった鯉の輪切りに熟れていないマンゴーの千切りを添えるのが南国風のやり方だ。鮒の場合は姿のまま煮込む。カンボジアには大豆を発酵させた納豆のような豆があり、鮒の煮付けでは豆と魚を一緒に煮付けてあることが多い。日本では高級魚になってしまった感のあるナマズの蒲焼きだが、メコンのナマズ料理に炭焼きがある。鰻にくらべて割合い淡白で若干ねっとりとした柔らかい白身が特長だ。

日本に帰国し、淡水魚がすでに流通と消費の一線から姿を消してしまっている様を眺めると、やはり少し悲しい。本当に美味しい川魚は泥臭さなどなく、緻密な肉質と魚種ごとに違う香りがあるのだが、今の日本では淡水魚といえば養殖の鮎と鰻のみが幅を利かすようになっている。やはり鱗のある魚を敬遠する節が今の日本にあるのかしら、と思う。

冒頭の件にもどるが、食材の流通と保存が発達し、朝から夜まで欲しいものを買うことができる市場が多いなか、「時間限定の売り」がいまだに残る田舎の魅力が印象深いタケオの市場でした。(Ken)

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華僑建築が残るタケオの旧市街。

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鮒や回遊性のナマズに混じり南方産のカワスズメが見える。

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細工の丁寧な川漁具。

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藁を鰓(エラ)に通しただけの簡単な細工。稲作が盛んなタケオでは藁が日常生活の細部で使われている。まるで近代以前の日本の暮らしのように。

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カンボジアの田舎街に残る華人の長屋。同じインドシナ建築でもハノイに多い華麗なフランス風の装飾と異なり、大量生産ができる建築工法に組み込まれたディテール。裕福なベトナム人の好んだ秀麗な様式にくらべると質実剛健な感じが強い。

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上記よりも丁寧に建てられた建築。違いは軒下まで出ている梁の作り方。

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発酵させた大豆の調味料。納豆に似た味がある。現地ではお粥に入れたり、魚の煮付けに使ったり。