贔屓筋

どんな商いにも「贔屓」というもがある。売り手からの贔屓もあれば、買い手が見さだめる贔屓もある。見知った売り子の顔を見ると、あまり欲しいと思っていなくてもつい買い物をしてしまう。どの国でも似たような話しがあると思う。

昔からベトナムでは移動販売が多い。行商に大きな資本は要らない。手まわりの品を抱えて気軽に得意先を訪れることができ、店を構えて客を待つ無駄もない。いちはやく流行の品を仕入れ、路地を練りあるく。繁華街の人の流れを勘定にいれ、少しでも需要のある場所に行くことができることも移動販売の利だ。

こうした行商、手軽に開業できる気楽さや設備面での負担の軽さはあるが、昨今どんな商売も会社や企業が参入したことから、行商は少しずつ数を減らしている。行商には信用できる売り子と、正体不明の代物を高値で売りぬける胡散臭い輩がいる。食いつめ者が行商人となり、いったん売れてしまえば後はどうでもいい、という無責任な態度が行商のいない今の街をつくった。

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サイゴンに滞在中、よく訪れる居酒屋がある。一九五〇年代のコンクリート建築の集合住宅の階下にあるビール専門の酒場だ。通りに面した灰色の壁には傾斜のついた細長い羽板を平行に組んだ南フランス風の高窓が並ぶ。窓はしじゅう開けひろげだから風通しは良い。ファンの回る天井は高く、建物の中はすこし薄暗いが、かえって落ち着いた雰囲気がある。今は醸造会社が建物を所有していることから、店舗の運営も国営企業らしく前時代的なおおらかさが残っている。

朝、まだ気温が上がる前の時刻。通りに面した鉄扉が開いていれば営業しているとわかる。椅子に座り窓外を眺めれば、朝の日差しを受けて輝くタマリンドが広がり、街路樹の奥に植民地時代の醸造工場が見え隠れする。昔のサイゴンらしさをとどめる穴場なのである。

酒場を切盛りするのは四人のオバちゃんたちだ。国営企業の従業員ということらしく愛想はないが、お客のことはよく憶えていて、店に入り席に座れば黙っていても「いつものビール」を持ってきてくれる。グラスに氷を入れてビールを飲むのがこちら流の飲み方だ。彼女たちはビール瓶のほかに、氷の入った大きなグラスと笊入りの氷を添えてくれる。ただ愛想がないだけで、実は親切な彼女たち、氷が溶けて無くなってしまうと、こちらが黙っていても新しいかち割り氷をもってきてくれる親切さがある。おかわりのビールもオバちゃんが頃合いを見計らって持ってきてくれる。

笑わないビール売りのオバちゃん(親切ですが。。)にくらべ、格段に愛想がいいのが各種のおつまみを売る女性たちだ。大きな竹笊に熟す手前のマンゴー、全体が黒い煎餅、バナナの葉に包まれたメコン特産のサラミやカマボコを並べ、居酒屋をめぐる彼女たちは個人事業主で、酔客のあつかいも巧い。上下を同じ布で縫い揃えたパジャマルックの風体はすでに古典的な雰囲気があり、少し前のベトナムらしさを感じさせる彼女たちの最大の武器は満面の笑みだ。彼女たちのすこし古風な姿が視界に入れば、それとすぐに分かる。彼女たちも店内を一瞥すれば自分の馴染み客がいるかどうかは、すぐに判別がつくのだと思う。

いつも彼女たちと目が合いすれば、何か買ってあげようかな、と思う。たいてい二、三人の行商人が同じような品を笊に入れてやってくるが、彼女たちにも僕の贔屓筋があり、誰にでも声をかけるということはない。それでも異国の酒場で心やすく過ごせるのは人見知りのない彼女たちのお蔭かと思い、各人から少しづつ何かを買うやや八方美人な私が、彼女たちの贔屓客に成れるならば、一時が寛いだものになると思い、すこしばかり正体が不明なおつまみを買い、食べている。(Ken)

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居酒屋の付近で繁るタマリンドの樹。

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煙草と落花生を売る女性。むかしの河岸の光景から。

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カンボジアの首都プノンペンにあった仏印時代の醸造所。二十一世紀のいま、前時代の工場の再利用は難しく、インドシナ時代の工場はほぼすべて一掃された。この工場も一九九八年頃に取り壊された。