大衆食堂いろいろ

日本の田舎から「うどん」「めし」と書かれたペンキ塗りの看板が姿を消してから久しい。昭和の終わりのころまで、後年コンビニエンスストアや牛丼チェーンが津々浦々に浸透するまで、田舎には大衆食堂がありました。

思い出すのは街道筋に店を出していためし屋やうどん屋である。田舎の大衆食堂は街の食堂と同じように夜早めに店じまいする店もあれば、夜間に国道を走るトラック向けのオールナイト食堂もあった。食堂の駐車場は舗装されていたこともあったし、土の上にジャリが敷かれたままのところもあった。

大衆食堂の楽しみは、「総菜」や「おかず」に何があるのか、訪れてみなければ分からないところだ。引き戸か押し戸かは店の造りによるが、入り口をくぐるとすぐ目に入るのは土地の野菜をつかって調理した総菜を小鉢入れてある棚だ。茄子、芋、豆腐を炊き込んだ和風の総菜。茄子は醤油と千切りの生姜で炊いてある。芋は里芋かジャガイモ、どちらでも甘辛い醤油煮。豆腐なら揚げ豆腐のあんかけか、お煮染め。ポテトサラダやマカロニサラダも定番で、時間が経っているからマヨネーズから少しばかり水が染み出ているのは愛嬌。焼き魚は鮭か鯖、煮魚は鯖かカレイ。単純なものである。卵焼きは出汁巻きだったか、甘焼だったか、もう憶えていない。

思い起こすと、こうした食堂の楽しさは、やはり食堂独自の総菜、品揃えにあったと思う。普通の総菜ではあるが、何があるかは行ってみないと分からない。ここが今の外食との違い。

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ベトナムの田舎道を走っているとやはり目に飛び込んでくるのが「Cơm」や「Phở」など大衆食堂の看板。不思議なことにカンボジアの大衆食堂にはこうした看板はなく、ここで食べること可、というサインを示しているのは雑多な「総菜」や「おかず」を入れた鍋やバットだ。

ご飯茶碗ではなく平たい皿に「めし」を盛りつけ、おかずを上に載せるプレートライスは、長粒米の収穫できる土地の食べ方で、トップの写真はカンボジア南部の街タケオで食べた朝ご飯。東南アジアの野鶏に近い品種なのだろうか、肉質のとてもいい鶏を甘辛いタレで焼いたものと煮しめ卵。この食堂は客席と炊事場が隣り合っていて、朝早く行くと薪でお米を炊きあげている様を眺めることができる。まっ黒な大鍋から湯気が立ちのぼり、遠目から見ても「ここは旨そうだな」という予感がある。まっ黒い鍋の色が本格的なやる気を感じさせる。

「おかず」は小さな木製の棚に総菜を入れたバットが置かれているので、そこから食べたいものを選ぶ。あれ、これ、と指を指して注文するのだが、こういう食堂は「おかず」の顔色を見て、何を食べるか決める楽しさがある。予めメニューでえらぶ注文に慣れた今、こうした食堂を訪れ、原始的な飲食の楽しみを再発見したり、など。(Ken)

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まっ黒な鍋。炭でなく薪で炊きあげる。

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田舎の市場の鶏。

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滅後の変遷を描いた小野小町の九相図ではないが、カンボジアの市場には鶏が「おかず」になるまでの諸相がある。

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美味しそう。

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日の出のころの市場。