火炎樹

河のある街、水のある眺めは良いものだと思う。

まだ主要な交通手段が船だった頃、メコンの街々はつくられた。何年か前にベトナム領メコンデルタの上流域からメコンが南シナ海に注ぎ込む海辺まで旅をしたことがある。カンボジアに近いタンチャウの街では高床式の家屋が多い。庭に見事なハイビスカスを咲かせた一軒の家に立寄り家人に声をかけてみた。高床式の由来を尋ねると、ちょうど午睡から覚めた老人が高床式の家屋の必要性を教えてくれた。その昔、メコン流域の水路には水門があまりなかったという。堤も今のものより何メートルか低く、雨期になると氾濫原が広がり住まいを侵すことも多かったという。

デルタの北端にあるタンチャウの街から順を追い下流に下ると、流域の植生が少しずつ変わっていく様がわかる。サデックあたりまではイネ科の植物と蒲などの半水性の植物が混在しているが、ヴィンロンを過ぎた辺りからは一気に湿地が広がり、運河沿いのニッパ椰子やマングローブの茂みが旅人の目を休ませてくれる。

私たちが慣れ親しんだ熱帯植物の多くは実はアフリカ原産であったり、南米からの移入種であったりするが、旅先のアジアの地で花を咲かしている姿を見ると、太古の昔からそこに茂っていたようにも思える。

人間が開拓する以前のメコン一帯は灌木と叢が広がる大地に湿地が点在していたのだと思う。普段、我々が思い描く東南アジアの原風景、すなわち無限に広がる水田や彼方に見える椰子の島という点景は、実は彼らの祖先が時間をかけてつくり出した人工的な風景だと知っておくことも今のメコンの自然を知る手がかりになるのではないかと、心の片隅で思う。

写真はサデックの河岸。火炎樹の落花が風に吹き寄せられ、赤い絨毯を作っていた。(Ken)

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